- 場所
- 岡山県真庭市(蒜山高原・蒜山三座)
- 地形
- 標高約500mのなだらかな高原(東西およそ20km・南北およそ10km)と、上蒜山・中蒜山・下蒜山の三座
- 成り立ち
- 火山活動 → せき止め湖(古蒜山原湖) → 干上がって高原
- 指定
- 大山隠岐国立公園
まず、火山が三座をつくった
物語のはじまりは、およそ百万年前。この一帯で活発な火山活動が起こり、溶岩を噴き上げながら山が積み上がっていきました。こうして生まれたのが、上蒜山・中蒜山・下蒜山の「蒜山三座」です。岩石の年代を調べると、下蒜山でおよそ九十一万年前、中蒜山で約五十一万年前、上蒜山で約四十九万年前という値が得られています。蒜山三座は、となりの名峰・大山とともに、大きな火山の家族の一員なのです。
つぎに、"消えた湖"があらわれた
時代はくだって、およそ三十五万年前。今度は大山を中心とした大きな噴火が起こり、噴き出した大量の火山灰や土砂が、西へ流れようとする水の行き場をせき止めてしまいます。ゆき場を失った水は、蒜山のふもとにたまって、ひとつの大きな湖になりました。地質学では、この湖を「古蒜山原湖(こひるぜんばらこ)」と呼んでいます。
湖の底には、長い年月をかけて、こまかい土がたいらに積もっていきました。やがて、さらなる大山の噴火活動によって、湖の水は南へと流れ出していきます。そして更新世(氷河時代)の半ばすぎ、湖はついに干上がりました。あとに残ったのが、湖の底だった、たいらな土地——いまの蒜山高原です。
だから、蒜山はなだらかで、ゆたかだった
蒜山高原のあの気持ちのよいなだらかさは、偶然ではありません。火山が土地の骨組みをつくり、湖が底をたいらにならし、水が引いて姿をあらわした——三つの営みが重なって生まれた地形なのです。湖の底に積もったこまやかな土は水もちがよく、この高原が牧草地として、ジャージー牛の里として親しまれてきた背景にもなっています。
足もとのたいらな草原と、背後にそびえる三座。その両方を、ひとつの火山の物語として眺めると、蒜山の風景はまた違って見えてきます。
いま、歩いて確かめる
蒜山三座は登山道が整い、高原には牧場や自然歩道が広がります。大山隠岐国立公園の一角として、四季おりおりの表情を楽しめる場所です。(現地の写真は順次掲載します。登山や散策の際は、真庭市など公式の最新情報をご確認ください。)