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地名を読む・続編 ・ 市町村より大きな、忘れられた枠

岡山の郡をたどる
― 消えた「郡」の名

「◯◯郡◯◯町」——住所でときどき見かける「郡(ぐん)」。かつては市町村より大きな、地域のまとまりの単位でした。岡山は備前・備中・美作の三国に分かれ、その下にいくつもの郡があった。けれど平成の大合併で、多くの郡が中身を失い、静かに消えていきました。前編「地名を読む」の続きとして、地名の一つ上の階層——「郡」をたどります。

住所は、じつは三つの層でできています。いちばん上が国(くに)——岡山なら備前・備中・美作。その下が郡(ぐん)、そして町村。「岡山県」という枠は明治になってできたもので、それよりずっと長いあいだ、人びとは「国」と「郡」で土地を数えてきました。前編で見た地名(大字)のさらに一つ上、忘れられがちな枠が「郡」です。

三つの国 ― 備前・備中・美作

岡山県は、もとは三つの「国」でした。今も市名や駅名、神社の格式に、その名残がはっきり残っています。

備前国(びぜん)― 県の南東部

岡山市の東部から瀬戸内市・備前市・赤磐・和気あたり。備前焼備前長船の刀、備前市の名にそのまま生きています。一宮は吉備津彦神社

備中国(びっちゅう)― 県の西部

倉敷から総社・高梁・井原・新見あたり。備中高梁(駅名)、備中国分寺備中神楽、そして高梁市に合併するまであった旧・備中町。一宮は吉備津神社

美作国(みまさか)― 県の北部

津山を中心に真庭・美作市・鏡野あたり。美作市美作三湯(湯郷・湯原・奥津)、美作追分(駅名)に残ります。一宮は中山神社、二宮は高野神社

明治の「合成の郡名」

じつは合成地名の波は、100年以上前にもありました。明治33年(1900)ごろ、小さな郡どうしが統合されたとき、二つの郡から一字ずつ取った新しい郡名がいくつも生まれています。平成の「美咲」「吉備中央」と、まったく同じ発想です。

都窪郡(つくぼ)=都宇(つう)+窪屋(くぼや)/御津郡(みつ)=御野(みの)+津高(つだか)/赤磐郡(あかいわ)=赤坂+磐梨(いわなし)/阿哲郡(あてつ)=阿賀(あが)+哲多(てった)/真庭郡(まにわ)=真島(ましま)+大庭(おおば)。——読めそうで読めない郡名の多くは、この「一字ずつの合成」で生まれました。

平成の大合併で消えた郡

町村が市に吸収されると、その町村が属していた郡は「中身」を失います。こうして平成の大合併で、多くの郡が地図から消えました。

消えた郡よみいま・どの市に
御津郡みつ備前岡山市・吉備中央町へ(2004〜07で消滅)
赤磐郡あかいわ備前赤磐市・岡山市へ(2005で消滅)
上道郡じょうとう備前岡山市へ(昭和期に消滅)
邑久郡おく備前瀬戸内市へ(2004で消滅)
児島郡こじま備前倉敷市・玉野市・岡山市へ(2005で消滅)
吉備郡きび備中総社市・倉敷市・岡山市へ(2005で消滅)
後月郡しつき備中井原市へ(2005で消滅)
川上郡かわかみ備中高梁市へ(2004で消滅)
阿哲郡あてつ備中新見市へ(2005で消滅)
上房郡じょうぼう備中高梁市・真庭市へ(2005で消滅)

「邑久(おく)」「阿哲(あてつ)」「後月(しつき)」——前編の難読地名一覧で見た読みが、じつは郡の名でもあったことに気づきます。

いまも残る、10の郡

すべての郡が消えたわけではありません。合併せず単独で残った12の町村があり、その住所には今も郡名が生きています。岡山に残るのは、次の10郡です。

残る郡よみ含む町村
和気郡わけ和気町
都窪郡つくぼ早島町
浅口郡あさくち里庄町
小田郡おだ矢掛町
勝田郡かつた勝央町・奈義町
英田郡あいだ西粟倉村
久米郡くめ久米南町・美咲町
苫田郡とまた鏡野町
真庭郡まにわ新庄村
加賀郡かが吉備中央町

加賀郡だけは新顔です。2004年、賀陽町(上房郡)と加茂川町(御津郡)が郡をまたいで合併したため、新しく作られました。「消える郡」の時代に、ひとつだけ生まれた郡です。

郡の名は、どこに残っているか

市名から消えても、郡の名は思わぬところで生きています。単独で残った町村の住所(◯◯郡◯◯町)はもちろん、駅名(備前一宮・備中高梁・美作落合)、神社の格式を示す「一宮」「二宮」という地名高校名農協・警察署の区割り、そして山あいの郡境の峠。地名を歩くとき、「この字、どこかで見た」と思ったら、それは消えた郡の名かもしれません。

「一宮」「二宮」も、国の記憶。 岡山市の一宮という地名は、備前国で最も格式高い神社=吉備津彦神社(備前一宮)に由来します。同じく備中一宮は吉備津神社、美作一宮は中山神社、美作二宮は津山市二宮の高野神社。国と郡という古い枠組みは、神社の名や地名になって、今も土地に刻まれています。一宮・二宮・総社を実際にめぐるなら一宮・二宮・総社めぐり、地名の由来は前編「地名を読む」で。

さらに古い枠へ:郷・荘・条里

郡の下には「郷(ごう)」、私有地の「荘(しょう)」、土地を碁盤の目に刻んだ「条里」がありました。地名に残る、もっと古い枠を第3部で。

郷・荘・条里 ― もっと古い、土地の枠 →

番外編:一宮・二宮・総社めぐり

備前・備中・美作、それぞれの国で最も格式高い神社をめぐる。地名「一宮」「総社」の由来もここに。

一宮・二宮・総社めぐり →

あなたのまちは、どの国・どの郡だった?

市町村ごとの歴史・郡の変遷・土地の成り立ちは、姉妹サイト〈おかやま地誌〉で27市町村ぶんをまとめています。

おかやま地誌(27市町村)→
これから書き足していく予定:郡ごとの物語(阿哲・後月・邑久など)/江戸期のもっと小さな郡/国府・国分寺の跡をたどる。資料が集まりしだい、順次追記します。
国・郡の区分、合併の年・対応市町村は岡山県および各市町村等の公表情報を参照しています。郡の統合・消滅の時期には諸説・例外があり、ここでは代表的な流れを簡潔に示しています。