昔、都から派遣された国司(こくし)は、赴任するとその国の主な神社を巡拝しました。参拝の順や格式が高い順に、一宮・二宮・三宮——。やがて国司は、あちこち回る手間を省くため、国じゅうの神をひとつの社に合わせてまつりました。それが総社(そうじゃ)です。つまり「一宮」「総社」という地名は、その土地が“国”の信仰と政治の中心だったという、動かぬ証拠なのです。
備前国 ― 一宮・二宮・総社
一
二
総
総社 ― 備前国総社宮(岡山市中区)
備前国の神々を合わせまつった社。県南の「総社」地名の由来のひとつです。
備中国 ― 一宮・総社
一
総
美作国 ― 一宮・二宮・総社が揃う
津山には、一宮・二宮・総社という地名が3つとも残っています。ここに美作国府(国の役所)が置かれ、国の信仰の中心だったことの、何よりの証です。
一
一宮 ― 中山神社(津山市一宮)
美作国一宮。堂々たる本殿は「中山造」と呼ばれ、国の重要文化財です。
二
二宮 ― 高野神社(津山市二宮)
美作国二宮。地名「二宮」は、この社から。前編の難読地名一覧にも登場します。
総
総社 ― 美作総社宮(津山市総社)
美作国の神々を合わせまつる社。地名「総社」に、その役割がそのまま残っています。
地名は、信仰の地図でもある。 「一宮」「二宮」「総社」という地名を見つけたら、そこはかつて“国”の祈りの中心だった土地。総社(そうじゃ)市は備中国総社宮から、岡山市の一宮は備前国一宮から、津山の一宮・二宮・総社は美作国府の記憶から——。地名の由来をもっと知りたい方は、「地名を読む」へ。ご利益や見どころは、神社ご利益ガイド・古社寺めぐりもどうぞ。
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これから書き足していく予定:各社の実際の参拝メモと写真/三宮以下の神社/国府・国分寺との位置関係。資料が集まりしだい、順次追記します。
一宮・二宮・総社の比定(どの神社を指すか)には諸説・異説があり、ここでは代表的な伝えを簡潔に紹介しています。各社の由緒は神社および各自治体等の公表情報を参照しています。