中国山地 ― 三つの大河をうんだ、なだらかな脊梁
岡山の北を、東西に低い山なみが走っています。高くけわしい山は多くありません。けれどこのなだらかな背骨から、岡山の三つの大河が生まれ、その水と砂が、はるか南の平野までつくっていきました。
高くない、なだらかな背骨
中国山地は、中国地方を東西に貫く背骨のような山地です。岡山県では、その北の県境をかたちづくっています。日本の他の山脈にくらべて標高は低く、氷ノ山(ひょうのせん)のような一部を除けば、高い山でも千メートル前後。多くは二百〜五百メートルほどの、ゆるやかな山々が続きます。
とがった峰よりも、なだらかな尾根と谷。長い年月をかけて削られた大地が、そのまま持ち上がったような地形で、山あいにも田畑や集落がひらけています。
三つの大河のふるさと
岡山の三大河川——旭川・吉井川・高梁川は、いずれもこの中国山地に源を発します。山に降った雨は谷を刻みながら南へ下り、津山や高梁の盆地をうるおし、やがて岡山平野と瀬戸内海へとそそぎます。
山は、ただそこにあるだけではありません。水を集め、土を運ぶ「はじまりの場所」として、下流の暮らしのすべてにつながっています。
砂鉄・たたら、そして平野づくり
中国山地の花崗岩には、磁鉄鉱という鉄の鉱物が含まれています。そこから採れる砂鉄は、古くから「たたら製鉄」の原料として使われてきました。中国地方が長く鉄の一大産地だった理由が、この地質にあります。
いっぽうで、製鉄の燃料を得るために木が切られ、はげ山も生まれました。削られた大量の土砂は、川を通じて下流へと運ばれ、河口に干潟をつくり、やがて干拓地の土台にもなっていきます。北の山で起きたことが、南の海を陸に変えていった——中国山地は、岡山の土地の物語の、いちばん上流にある一章なのです。
山ぎわの町を歩く
中国山地のふもとには、山の恵みとともに歩んできた町や村があります。高原の暮らし、鍾乳洞、温泉、たたらの記憶——足もとの大地を思いながらたどってみてください。


