神社・寺に残る伝承
― 猿神・雪舟・稲荷の物語
「有名な神社です」で終わらせない。なぜこの場所に建てられ、境内にどんな話が伝わっているのか——。岡山の社寺には、鬼や猿神、名画家の少年時代まで、思わず人に話したくなる物語が眠っています。
神社やお寺は、その土地でいちばん古くから「物語」を守り伝えてきた場所です。ご由緒や縁起には、史実と伝承がより合わさっています。ここでも、語り継がれてきた話と、確かめられる事実を、分けて眺めてみましょう。
中山神社 ― 古典に記された「猿神」の社
中山神社(なかやまじんじゃ)
美作国の一宮として崇敬を集めてきた古社。じつはこの神社、日本を代表する古典説話集に「ある物語」の舞台として登場します。
むかし、この地の神は猿の姿をしており、毎年、若い娘を生贄に求めたと語られました。あるとき、東国から来た狩人が犬を使い、知恵をめぐらせて生贄の風習をやめさせた——という「猿神退治」の話です。
この物語は、平安末期の『今昔物語集』(巻二十六「美作国の神、猟師の謀りに依りて生贄を止むる語」)や『宇治拾遺物語』に記され、中山神社の祭神が猿神であると伝えています。口伝ではなく、古典に文字で残った伝承です。
中山神社は実在する美作国一宮で、うっそうとした社叢(しゃそう)は岡山県の天然記念物に指定されています。物語の真偽はともかく、この社が古代から特別な聖地であり続けたことは確かです。
⛩ 中山神社を訪ねる
宝福寺 ― 涙で鼠を描いた、少年・雪舟
宝福寺(ほうふくじ)
伝承 この寺で修行していた少年時代の雪舟が、絵ばかり描くのを叱られ、本堂の柱に縛られてしまいます。ところが雪舟は、こぼれた涙を足の指につけて床に鼠を描いた。あまりに見事で、和尚が本物と見まちがえた——という、あまりにも有名な逸話が残ります。
史実 雪舟は室町時代に実在した日本を代表する水墨画家で、この宝福寺で幼少期を過ごしたと伝えられます。寺は鎌倉時代の中ごろ、県内でもいち早く臨済宗に改まった古刹。境内には、雪舟ゆかりの地としての静けさが漂います。宝福寺へ。
最上稲荷 ― 天平の勅命に始まる祈りの山
最上稲荷(さいじょういなり)
寺伝 寺の伝えによれば、天平勝宝四年(七五二)、報恩大師が孝謙天皇の病気平癒の勅命を受け、吉備の山中の八畳岩で修法し、最上位経王大菩薩を感得したのが始まりとされます。
いま 神仏習合の面影を色濃く残す、全国有数のお稲荷さま。「日本三大稲荷」のひとつにも数えられ、大鳥居や本殿へ多くの参拝者が絶えません。開山の年代は寺伝によるものですが、長く篤い信仰を集めてきたことが、その壮麗な伽藍に表れています。最上稲荷へ。