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Kōzu ・ 公図の成り立ち

公図の成り立ち ― 千年をこえる、土地の記録

法務局に行くと見られる「公図(こうず)」。一枚のありふれた地図に見えて、実は千年をこえる「土地を把握しようとする営み」の到達点です。古代の班田収授から、荘園、太閤検地、江戸の地引絵図、明治の地租改正と「改租図」、そして現在の登記所備付地図データまで。公図がどう生まれ、なぜ現況と少しずれることがあるのかを、たどってみます。

班田収授〜現代地租改正の改租図不登法14条・地図に準ずる図面
What ・ 公図とは

公図とは ― 「旧土地台帳附属地図」のこと

「公図」という言葉に、じつは法律上の定義はありません。慣用的に、登記所(法務局)に備え付けられた「旧土地台帳附属地図」を指してこう呼びます。その多くは、明治の地租改正でつくられた「改租図(字限図)」にさかのぼります。

いまの不動産登記法では、土地の地図を二段階で扱います。地籍調査などで作られた高精度のものが第14条第1項の「地図」。全国の整備には長い時間がかかるため、それが整うまでのあいだ、精度は劣るものの土地の位置・形状・地番を伝える旧来の図面を「地図に準ずる図面」として使う――この「地図に準ずる図面」が、いわゆる公図です。

公図は、完成した測量図ではなく、土地を記録し続けてきた歴史の「現在地」である。

班田収授荘園太閤検地江戸の検地地租改正土地台帳現在 7世紀奈良〜戦国1590年代17〜19C明治6年〜明治〜昭和G空間 国が田を配る・戸籍 私有と複雑化 検地で一筆を把握 地引帳・地引絵図 地券・改租図 課税台帳+附属地図 登記所備付地図 ↑ いまの公図の直接の祖先=地租改正の「改租図」
公図は、土地を把握しようとする千年の営みの積み重ね。とりわけ明治の地租改正でつくられた改租図が、いまの公図の直接の母体になっている。
Before ・ 公図の前史

土地を「把握する」営みの千年

古代 ― 班田収授、国が田を配る

大化の改新のあと、戸籍・計帳にもとづいて国が人民に田を配り、死ねば国へ返させる班田収授法が整えられました(戸籍は670年、飛鳥浄御原令は689年)。土地を私有せず国家が管理する公有の原則――土地を「数え、記録する」営みの、日本での出発点です。

中世 ― 荘園で私有と複雑化、太閤検地で解体

奈良時代の墾田私有の容認から荘園が発達し、権利が幾重にも重なって複雑化。これを一掃したのが太閤検地でした。豊臣秀吉は全国を測り、五間×六間=三百歩を一反とする基準で、一筆ごとの土地と耕作者を把握。荘園制は解体します。

近世 ― 江戸の検地と「地引絵図」

江戸時代の検地では、測量結果を検地帳(地引帳・水帳)に、田畑一筆ごとの形や山・川・道・村界を描いた地引絵図にまとめました。測量は平板の道線法(トラバース)や交会法も使われましたが、一般には見取りの図も多く、面積は実測より控えめに計算されたと伝わります。この地引絵図が、次の地租改正の基礎資料になります。

Meiji ・ 地租改正

明治の地租改正 ― 公図が生まれる

明治維新政府にとって、財政の基盤となる地租(土地への税)の仕組みづくりは最重要課題でした。まず「田畑勝手作」(明治4)「地所永代売買の解禁」(明治5)で、身分を問わず誰もが土地を持ち売買できるようにし、土地に近代的な所有権を確立。所有者に地券を交付して地価を把握しました。

そして明治6年(1873)の地租改正条例のもとで全国の土地を測り直し、官有地と民有地を区分。このとき各地でつくられた成果図が「改租図」です。あわせて、村ごとの小さな区画名である字(あざ)や、明治21・22年の町村合併にともなう大字(おおあざ)の整理も進みました。地名の枠組みも、この時に大きく形づくられたのです。

🏷 このとき整理された「字」が、いまの小字につながります ― 小字(こあざ)を読む。地名全体は 岡山地名INDEX へ。
To now ・ 台帳から現在へ

土地台帳から、登記所備付地図データへ

公証の仕組みは、地券制度から登記法(明治19年=1886)、そして不動産登記法(明治32年=1899)へと近代化していきます。土地の情報は土地台帳とその附属地図で管理され、はじめ税務署が扱っていましたが、昭和25年(1950)に事務が登記所(法務局)へ移管昭和35年(1960)には登記簿と台帳の一元化が進み、昭和41年(1966)にはメートル法が完全施行されました。

こうして受け継がれた旧土地台帳附属地図が、現在の公図です。近年は、法務局が整備した登記所備付地図データがデジタル化され、G空間情報センターでオープンデータとして公開されています。地図で見る岡山 で地番を検索できるのは、このデータのおかげです。

できごと
7世紀班田収授法(670年 戸籍/689年 飛鳥浄御原令)
1590年代太閤検地(三百歩=一反の基準で全国を測る)
17〜19C江戸の検地。検地帳・地引絵図
明治5(1872)地券の発行(地所永代売買の解禁)
明治6(1873)地租改正条例 ― 改租図がつくられる
明治19(1886)登記法
明治32(1899)不動産登記法
昭和25(1950)土地台帳事務が税務署から登記所へ移管
昭和35(1960)登記簿・台帳の一元化
平成17(2005)現行の不動産登記法(14条 地図/地図に準ずる図面)
Read the map ・ 公図の読み方

公図が、現況と少しずれるわけ

公図の多くが由来する地租改正期は、測量の技術がまだ十分でなく、縄が伸びる「縄伸び」などもあって、面積や形が実際の土地と必ずしも一致しません。だから公図は、位置関係や隣接の並びを知る手がかりにはなっても、そのまま正確な境界を示すものではないのです。

だからこそ、土地の境界を確かめるには、公図・登記の記録と、現地の状況・境界標・関係者の立会いを突き合わせる必要があります。歴史の積み重ねである公図を読み解き、現地と照らし合わせる――それが、私たち土地家屋調査士の仕事の出発点です。

📖 公図は「土地の履歴書」の最も古い一枚。土地の来歴は 小字地名INDEX干拓の物語 ともつながります。※歴史・制度の記述は資料と法務省・国土交通省などの公開情報にもとづき整理していますが、実務・法令の判断は必ず公的な最新情報と専門家にご確認ください。