備中国分尼寺跡「聖武天皇の勅願によって741年(天平13年)に国分寺と共に建立」

国分寺を出発し吉備路風土記の丘を散策していくと整備された赤松の林の中にひっそりと国分尼寺跡があります。

吉備路風土記の丘には、その他にも「造山(つくりやま)古墳」「千足(せんぞく)装飾古墳」「作山(つくりやま)古墳」「宮山墳墓群」「寺山古墳」「角力取山(すもうとりやま)古墳」「国分寺尼寺跡」などがあります。

国分寺の駐車場に止めて散策コースでは「こうもり塚古墳」「国分寺尼寺跡」「総社吉備路文化館」「旧山手村役場」「旧松井家住宅」を2時間ほどかけてみるコースがおススメです。

散策の時間的にもちょうどいい感じではないかなと思います^^

春先はレンゲ・菜の花と史跡巡り以外も楽しめるハイキングコースになっています。

milk
春の吉備路のイベント情報「吉備路れんげまつり」
時期:ゴールデンウイーク
春の吉備路 幻想の響宴
内容:五重塔をバックに、和太鼓や神楽などの郷土芸能を披露。幻想的な雰囲気を味わえます

備中国分寺五重塔ライトアップ

無料観光ガイド
内容:備中国分寺五重塔初層・こうもり塚古墳・鬼ノ城を現地ガイドに案内してもらえます。

フリーマーケット・etc

開催時期・内容の詳細は毎年違いますので下記事務局で確認して下さい。
吉備路れんげまつり実行委員会事務局(観光プロジェクト課内)
電話:0866-92-8277

備中国分尼寺跡について

聖武天皇の勅願によって741年(天平13年)に国分寺と共に建立された。
仏様の力で外敵や災害、疫病などの災いから国を守る事を目的として全国に建てられた尼寺官寺のひとつである。
創立当時の寺院は、寺域は東西約108m、南北約216mの長方形で、中心線上に南門、中門、金堂、講堂が一直線上におかれた伽藍配置で塔を備えた大寺院で奈良の法隆寺などに匹敵する規模であったと言われている。
これらの建物は南北朝時代の戦火で焼失したと伝えられているが尼寺跡には創建時の金堂の礎石をはじめ、南門、中門、講堂、築地土塀などの遺構が現在も比較的良好な状態で保存されている。

名称 備中国分尼寺跡
国指定史跡 指定年月日:大正11(1922)年10月12日
時代 奈良時代
大きさ・寸法 推定寺域東西約108m・南北約216m
公開状況 自由
拝観料 無料

南から北へ一直線上

天平時代の伽藍は、南大門、中門、金堂、講堂が一直線に配されています、平面的に見ても大きな空間ですので当時は壮大な規模を誇っていたんでしょうね。。
※南北朝時代の戦火で焼失しています。

設置看板より

国指定史跡 備中国分尼寺跡(びっちゅうこくぶんにじあと)
所在:総社市上林
指定年月日:大正11(1922)年10月12日

天平13年(741年)、聖武天皇は仏教の力で戦乱や疫病などの災いから国を守るという鎮護国家の考えに基づき、国分寺と国分尼寺の建立を全国に命じました。
これが「国分寺建立の詔」です。備中国ではこの場所に国分尼寺、約500m西に国分寺がたてられました。
備中国分尼寺跡では、金堂などの礎石が地表面に露出し、周囲を囲む築地土塀の跡も良好に残っており、現在も見る事ができます。
現存する築地土塀跡から、寺域は南北216m、東西108mと復元ができ、その境内には南から北へ南門、中門、金堂、講が一直線上に並んでいます。
なお、南門の前にあ東西に延びる東西の道の存在が発掘調査によって確認されました。
見つかっている瓦から、備中国分尼寺の創建は備中国分寺と同じ8世紀中ごろと考えます。

平成27年9月 岡山県教育委員会

中門跡

設置看板より

ここには南北3.8メートル、東西21メートルの基壇の遺構があります。基石は残っておりませんが、基壇の遺構からみて中門は東西に細長い門であったようです。
この中門と金堂の間には回廊で囲まれた1800平方メートルほどの平坦な広場が設けられていました。

金堂跡

設置看板より

備中国分尼寺の本尊をまつっていた建物跡で、寺域のほぼ中央に位置していました。
直径約70センチメートルの柱座や地覆座をもつ大型の基石がほぼ当初の位置の現存しており、創建時の建物は桁行5間(約20メートル)、梁間(約13メートル)であったことがわかります。
基石から推定される柱の太さは約70センチメートルで、極めて雄大な建物であったことが想像されます。
本尊は奥まった位置に釈迦壇を設けて安置されています。

礎石
建物跡(桁行5間、梁間4間)に、直径70cmほどの礎石が、赤松林の中に規則正しく並んでいます。
1300年ほど前の建造物が残っているのは凄いですね。
歴史を感じます。

建物跡
本当になにもないですが設置看板の内容をみて想像を膨らまさせてあたりを見回しています。。

設置看板より

ここには一辺12メートルばかりの方形基壇の遺構があり、場所から塔跡ではないかと考えられていました。
しかし基壇が小規模であり、礎石も小さく、鐘楼か経蔵など別の建物がたっていた可能性があります。

現在は基堰の中に礎石が残されているだけですの歴史的構造物を壮大に期待してこられた方には物足りないと思います。

milk
中にはですが・・・
何もないので案内板がなければ位置すらも解らないという意見も。。
また、遠方から期待してきたのに・・・という意見もあるそうです。

ここでは、建設時の壮大さををイメージしながら史跡を巡ると良いのではないでしょうか。

史跡と赤松林の雰囲気が当時を思い起こさせてくれる気もします。※もちろん想像の世界ですけどね(笑)

備中国分尼寺をはじめ備中国分寺、周囲にはこうもり塚古墳・作山古墳(全国10位)・造山古墳(全国4位)の前方後円墳があり、周囲一帯が古代の吉備国の中心地だったことがよくわかります。。

フォトギャラリー

アクセス

所在地 総社市上林
TEL 国分寺観光案内所 0866-94-3155
交通 JR伯備線総社駅から車約15分
岡山自動車道岡山総社ICから車約10分
山陽自動車道倉敷ICから車約10分
駐車場 普通車200台、バス15台(駐車場から徒歩約15分)

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