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港町倉敷市

下津井の町並み ― 北前船で栄えた、瀬戸内の港町

江戸から明治にかけて北前船の寄港地として栄えた下津井。むかし下津井回船問屋など、当時の繁栄を伝える古い町並みを歩いた記録です。

下津井の町並み ― 北前船で栄えた、瀬戸内の港町

瀬戸大橋を望む小さな港町「下津井」。瀬戸内の海のそばに風情が残る街並みが続きます。備前国南部の児島半島の先端に開かれた下津井港は、東に日比灘、西に水島灘を控え、東西航路上にある風待ち塩待ちの港として、また児島と四国を結ぶ南北航路の要として発展しました。18世紀半ば過ぎから、下津井港には米・大豆・干鰯などをつんだ北前船が寄港し、最盛期には1年間に83隻の船が来航したといいます。北前船が碇をおろすたび、わきたつような賑わいがこの港を覆いました。

今に残る回船問屋の建物をできるだけ当時(明治時代)に近いかたちで復元した資料館「むかし下津井回船問屋」があり、母屋など当時の商家の様子がうかがえる写真・展示品のほか、下津井にまつわる資料の展示も数多くあります。倉敷市の繊維産業の発展が評価され、平成29年4月28日「一輪の綿花から始まる倉敷物語〜和と洋がおりなす繊維の街〜」のストーリーが「日本遺産」に認定され、「むかし下津井回船問屋」はその31の文化財のひとつです。

古い港町の家並みの写真古い港町の家並みの写真
北前船で栄えた時代の面影を残す、下津井の町並み(写真を差し替え)。
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下津井の町並みには、児島八十八ヶ所第32番札所「下津井観音寺」もあります。町並みを巡ると中心部よりやや東側に位置し、石段を5分ほど上がると瀬戸大橋と塩飽諸島の島々を見渡せる高台の境内です。境内には塩飽大工が手掛けた薬師堂(1731年建立)が鎮座し、繊細な彫刻が随所に見られます。また、「まだかな橋跡」という史跡もあり、入港してきた北前船の船頭に遊女が「まだ上がらんな」と声をかけていたことが橋の名前の由来と伝わっています。北へ50mほど上がると、下津井の背後の山々から良質の水が湧いたという「下津井の共同井戸群」(市指定史跡)もあります。

下津井は鷲羽山を望む港町でもあり、現在は「下津井蛸」で知られる漁業の町。季節によって蛸を天日干しした風景も見られます。瀬戸大橋の架橋により沿岸道路が整備されましたが、下津井の街中には江戸時代に廻船問屋や遊郭が軒を並べた頃の面影が残り、岡山県によって町並み保存地区に指定されています。西側の丘の上に建つ「祇園神社」は、下津井の氏神「祇園さん」と呼ばれ、北前船で栄えていた頃、航海安全の神様として信仰を集めてきました。

最盛期には1年間に83隻の船が来航したという北前船の港町。江戸時代の廻船問屋や遊郭が軒を並べた面影が残ります。

見どころ

むかし下津井回船問屋

復元・公開された廻船問屋の建物。北前船交易で栄えた当時の暮らしと商いの様子を、実際の建物を通して知ることができます。収蔵庫には古い民具、しょっぴんぐばざーる館では地元の特産品(下津井蛸など)も購入できます。

下津井観音寺と祇園神社

石段を上がった高台からは瀬戸大橋と塩飽諸島を一望。下津井の神社・仏閣は高台にあるものが多く、見晴らしのよさも魅力です。

まだかな橋跡・共同井戸群

北前船で栄えた時代の逸話が残る史跡。細い路地の先にひっそりとたたずみ、当時の下津井の暮らしを今に伝えています。

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アクセス

むかし下津井回船問屋:〒711-0925 岡山県倉敷市下津井1-7-23(Tel. 086-479-7890)。営業時間9:00〜16:30、定休日は火曜(祝日の場合は翌日)、入館無料。JR児島駅から下電バス下津井循環バス「とこはい号」で20分、「下津井漁港前」下車すぐ。車は瀬戸中央道児島ICから県道393号経由4km10分。駐車場は本館裏と祇園神社下の2カ所、計40台。

下津井観音寺:〒711-0926 岡山県倉敷市下津井吹上1-2-12(Tel. 086-479-9496)

まだかな橋跡・共同井戸群:岡山県倉敷市下津井一丁目。JR児島駅から下電バスで18分、「祇園神社下」下車。

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