桃太郎は、岡山生まれ ― 英雄・吉備津彦命
桃太郎のモデルとされるのが、吉備津彦命(きびつひこのみこと/大吉備津彦命)です。『日本書紀』では、崇神天皇の世に全国四方へ派遣された「四道将軍」のひとりとして西道(山陽道)に遣わされ、吉備の地を平定したと伝えられます。この地方に古くから残る温羅退治の物語と結びつき、やがて「鬼を退治した桃太郎」の姿へと重なっていきました。命を祀るのが、吉備の中山のふもとに並び立つ二つの大社です。
鬼のモデル「温羅」 ― 鬼ノ城に立てこもった王
物語で「鬼」とされたのが、温羅(うら)です。伝承では、海の彼方(百済とも)から渡ってきて吉備に住みつき、山上に城を築いて一帯を支配したといいます。その居城と語り継がれてきたのが、総社市の山上にそびえる古代山城「鬼ノ城(きのじょう)」。実際には七世紀後半、大和政権が西からの守りとして築いた本格的な山城で、温羅は製鉄技術を携えた渡来の集団の記憶を映しているとも考えられています。「鬼」の名の裏には、古代吉備の豊かな鉄と技術の物語が隠れています。
温羅退治の物語 ― 地名に刻まれた戦いの跡
吉備津彦命は吉備の中山に陣を敷き、温羅と激しく戦います。命が放った矢と、温羅が投げた岩は空中でぶつかって落ちました。やがて命の矢が温羅の左目を射抜くと、噴き出した血が川となって流れ――。温羅は雉(きじ)に化けて逃げ、命は鷹に。温羅が鯉になって川へ逃げ込むと、命は鵜(う)となってついに噛み上げ、これを捕らえたと伝わります。この物語の一場面一場面が、いまも吉備路の地名や小さな社となって残っているのが、この伝説のいちばんの魅力です。
鳴釜神事 ― 鬼の声が、吉凶を告げる
討たれた温羅の首は、それでもうなり声をあげ続けたといいます。吉備津彦命が首を釜の下に埋めさせると、やがて温羅の霊は「釜を鳴らして吉凶を告げる」存在になった――。これが吉備津神社の御釜殿でいまも行われる鳴釜神事(なるかましんじ)の由来です。釜で湯を沸かし、その音の鳴りようで吉凶を占うこの神事は、江戸時代の上田秋成『雨月物語』の一編「吉備津の釜」の舞台としても知られています。鬼は退治されたのではなく、この地を守る存在になった――そんな余韻が残ります。
吉備の中山と、二つの一宮 ― 神話が眠る神体山
物語の舞台のまんなかにあるのが、なだらかな吉備の中山(きびのなかやま)。古くから神が宿る山(神体山)とされ、その北のふもとに備中国一宮吉備津神社、東のふもとに備前国一宮吉備津彦神社が鎮座します。ひとつの山を二つの国、二つの一宮が分け合うという、全国的にも珍しい姿。神話と信仰が地形そのものに刻まれた、岡山ならではの聖地です。




